こんにちは、
末次社労士事務所の末次です。
危険運転か、業過か。
日本中が注視する中、ひとつの判断
が下され、大きな反響を呼びました
多くの人が報道等でご存知の通り
福岡地裁での判決は業過で
危険運転は見送りになりました。
多くは「なぜ」「どうして」と思うで
しょうし、感覚的にもそう思って
しまいます。
やはり何のために危険運転致死傷罪を設定したのか、と感じられてしまうからです。
それは今回争点になった「飲酒等により正常な運転が行えない」という解釈に鍵があります。
「正常な運転」とはどのような物であるのか。
飲みすぎた状態であるのか、酒気帯びに満たない程の摂取量でも蛇行運転したら正常とは言え
ないのか。逆に酩酊状態であっても、運転だけは正常に行えたならそれを正常な状態と
言って良いのか。
事件ごとに基準が異なるとすると、それは公平な裁判という観点から離れてしまいます。
事件の加害者であっても公平な裁判を受ける事は否定されないワケですから、やはり明確な
判断基準が必要になります。
今回の正常・通常に運転できていたとする根拠は
・事故前に、他に接触事故など起こしていなかった。(蛇行運転とかしていなかった)
・事故直前に回避行動をとっていた(急ハンドル・急ブレーキで避けようとした事)
・事故の直接的な原因は余所見運転だった。
・(皮肉な話だけど)事故後事実の隠蔽をしようとする程冷静だった。
という点があげられていました。
特に4番目などは、憤りを覚えずにはいられない話ですが今回の「判断基準」はこのような物でした。
確かに、事故の様相など聞くと業過というのは軽いのでは…と思われてしまいます。
けれども、反対に裁判所が義憤に燃え冷静な判断ができないと言うのも、その機能として
問題があると思われます。
憲法・法律の範囲内で、良心に従い独立して職権を行使する、憲法76条3項の精神に
照らし合わせたら今回の結論が妥当ではない、とは言えないのではないか…
と思えます。
ただ、今回のは地裁の判断なので、控訴すれば高裁・最高裁と更に法廷を変えて
判断されます。同じ基準に拘束されることはないので、新たな判断が出ないとも限りません。
検察がどう出るかは分かりませんが、高裁で争うことになれば、裁判所は一つ判断を
重ねる事になります。
そこで、日本国民の大半を納得されうる判断を出せるのか、それにも期待したい所です。
法律論に基づくと上のように、世論とは大きく離れた事になってしまう事は、やはり良くない
事でしょう。人が居て初めて法が成り立つのですから、法を御するのもまた人と言う物です。
最終的な結論が今回の地裁のような物になろうとも、基準を変え、危険運転を適用する結論に
なろうとも、一度危険運転致死罪、飲酒運転の罪というのを考え直すべきではないでしょうか
一番確実で誰もが納得するようにするのであれば、飲酒の事実が認められた時点で
危険運転致死傷罪に該当するように、法律を変更するしかないのではないでしょうか。
「飲酒・薬物使用等により正常な運転が〜」とある条文を「飲酒・薬物使用等により〜」に
変更すれば「正常な運転ができていたか」等の立証が非常に難しい物ではなく
「飲酒の事実があったかどうか」で争うことができるからです。
現在、あれほど飲酒運転をするな!と様々な所で注意喚起が行われているので
罰金強化だけでなく全体的な罰則強化に向っても構わないのではないか
と考えることも難しくないと思われます。
昔から『飲んだら乗るな!乗るなら飲むな!』と言う標語がありますが、未だに活きてきません
そろそろ、この標語が過去のものになるような努力をするべきでしょう。
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